「#春から武蔵」の、その後

2021年04月19日

 

毎年、3月から4月にかけて、SNS上にとあるハッシュタグが咲き乱れます。たくさんの学生が、「#春から〇〇大学」と銘打って、合格の喜びや、新生活にたいする思いを綴り、投稿するのです。さながらそれは、インターネット時代の桜前線、来たるべきソサエティ5.0における春の風物詩といえるでしょう。

 

 

…………などなどと適当抜かしつつ入学当時にはそんなこと微塵も把握していなかった筆者ですが、だからこそ、ここ最近のSNSで雨後のタケノコのごとく湧き起こる「#春から武蔵」ムーブメントは一体なんだというのか、気になって仕方がなくなりました。さいわい、私にはそれを突き詰める大義名分があるのです。

 

そう、〈きじキジ〉ならね。

 

こんにちは、さとうと申します。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

4月に入り、いよいよ新しい講義がスタートしましたね。

今年度は武蔵大学でもそろそろ対面授業が始まるとか始まらないとかいうような噂でして(3月末のさとうがお送りしています)、不安半分、わくわく半分という方は多いことと思います。

私個人としましては、ということはつまりいずれにせよなかなかの早起きをし続けなければならないじゃないかと考えると不安で不安で不安すぎて夜も眠れません。そして起きません。

もうドツボですね、はい。

一緒に乗り越えましょう。色々。

 

 

…………というわけで、本記事のテーマ「#春から武蔵」についてですが、先述のとおり筆者は同級生の皆さまがそんなことをあくせくやっていたことなど知りもせず(TwitterもInstagramも触ったことすらありませんでした)、粛々とオンラインの大学生活に腰を落ち着けていったわけでした。

結果としては、それなりに楽しめたとはいえ、初年次ゼミとこの〈きじキジ〉以外にほとんどコネクションのない1年間でした。大学の魅力といえば、好きなことを好きなように学べることはもちろんですが、やはり中学高校とはケタ違いにバラエティ豊かな人々と出会えることでしょう。


筆者の入学式(撮影:母)。ご査収ください。

 

そのために今、新入生の皆さまはああやって「#春から武蔵」しているのかもしれない。

でも実際のところ、SNSで友達ってできるものなんだろうか?

容易にひとと繋がれなかった1年間、SNSの繋がりは大学生にとってどんな意味を持ったのか?

「#春から武蔵」した皆さまと、微塵もしなかった筆者とではなんというか……QOLとかそういう部分が、どう違ってくるのか?

そんな、マジで知らないがゆえのピュアな疑問を胸に、私はジャングルの奥地へと踏み入りました。嘘です。アンケートを作りました。

ここからはその、アンケートと書いて独自調査と読む質問群への回答を見ながら、「#春から武蔵」の実態を暴いていきましょう……というほどでもありませんが、「へぇ、あなた年末に記事書いて以来冬眠してたわけじゃないのね」くらいに思っていただければ幸いでございます。

(ご回答いただいた皆さま、本当にありがとうございました……!(危うく、アナログ人間こと筆者の妄想をごにょごにょと6000字ほど書きつらねるだけの記事になってしまうところでした))


 

アンケートのお願いには、おもにLINETwitterを利用しました。

回答者の学年・学部の分布は以下のとおりです(2年生・社会学部が多いのはこう……お察しください)。【図1】

さてまず、そもそもの「#春から武蔵」の認知度、皆さまそれぞれの入学当時における「#春から武蔵」にたいするスタンスは、このようにまとまりました。【図2】

<あてはまるものはない/そもそも知らなかった>がおよそ15%、<調べた/閲覧しただけ>も合計すると25%近くになります。Twitterでも募集したためそれなりに偏ってはいるでしょうが、かなりの割合の方々が「#春から武蔵」ムーブメントに、なんらかの形で絡んでいったことがわかります。

その絡み方としては、<(自身で)投稿した>という方が最も多く、次いで<「いいね!」した>、<フォローした>という並びです。ちなみに選択肢として<リプライ(コメント、ダイレクトメッセージ)した>があったのですが、回答者はいませんでした。

Twitter歴6ヶ月の筆者としましては、誰かのツイートにたいするアクションとしていちばん気軽なのが「いいね!」であり、その先にフォローやリツイート、そしてリプライと、段階ごとにハードルが上がっていくようなイメージがあります。同時にそれは、繋がりが深まっていくプロセスというふうにも見えます。

「#春から武蔵」を起点とした繋がりというものは、現実で友達ができることのようには、なかなか深まっていかないのでしょうか。

 

続いて、上記のアクションの「目的」を見ていきましょう。【図3】

最多数は<同級生・同学部(同学科、同課程)の学生とつながりを作るため>で回答者16名のうち12名、以下は<学内のサークル・学生団体〜>2名、<他学年の学生〜>1名、<その他>5名です。

また、「そういうこともあるのであろうな」とさりげなく、かつ大胆に置いてみた選択肢<「いいね!」やフォローほしい>は1名、<流行っているから/なんとなく>は2名いらっしゃいました。そういうこともあるんですね。

続けてお尋ねした「Q. やってみて実際どうでした?」への回答も、目的どおりには上手くいかなかった方もいらっしゃったようですが、おおむね対応する結果でした。

実際に「#春から武蔵」ツイートを観察してみると、やはり同級生と知り合いになりたい方々がたくさん見られます。新しい環境に身を投じたばかりですから、不安感や疑問点を、「解消」よりもまず「共有」したいという気持ちはよく分かります(やらなかったけど)

今年度は入学式も無事に開催されて、その当日(4月2日)には、ぜひ会場でお近づきになろうとTwitter上でコミュニケーションをとる皆さまの姿が印象的でした。実際に、同じ学科の仲間とみんなで写真を撮ったり、なかには、帰り際にちょっとだけ寄り道して親睦を深めたりした方々もいたようです。一昨年度の入学式でも同じような、和気あいあいな感じがあったのでしょう。

 

…………ここでひとつ、ひらめいたことがあります。

つまり、「#春から武蔵」で繋がることは、リアルで出会うときの足がかりになっているのでは?

相手は同じ学校の学生なわけですから、いずれどこかで会うのは半ば必然といえばそうですが、この「出会う」プロセスにSNSというクッションが入ることで、まさに “出会い頭” の接触、はじめましての負担を取り払うことができる。逆に考えれば、そのためにあらかじめオンラインで繋がっておく、ということなのではないでしょうか。

また、Twitterの場合、音楽やマンガなどといった趣味ベースでの繋がりが優先するケースが多いようです。アンケートでも「#春から武蔵」の後日談として、

社会学部2年 とくめいさん
「同じ趣味を持つ同級生とDMで会話した」

社会学部2年 とくめいさん
「相互フォローにはなれても共通の趣味がないとなかなか発展しない」

といった回答をいくつかいただいています。

「アカウント」として知り合った誰かが、リアルで明確に「このひと」に変容したときにはすでにその相手の、少なくとも社会における所属と、いわゆる “ひととなり” 、たとえば嗜好するものの情報がある程度手に入っているというわけです。

 

…………これ、ご存知の方はすでに、とっくにご存知のことだったでしょうが、Twitter歴半年(きじキジ公式アカウントのみ)の脳みそにとってはなかなかのカタルシスですよ。

いま風呂に入っていたら、危うく絶叫しながら全裸で飛び出しているところでした。

実家で。住宅街で。

マジで危ういですね。

 

…………。

 

 

ところで、上述した「目的」の自由記述、こんな回答をいただきました。

社会学部2年 とくめいさん さん
「学校についての情報収集のため」

正直に申し上げて、これは本当に盲点でした。エウレカしてる場合じゃなかったですね。

同級生の(数少ない)友人に相談してみてもやはり、入学したてのタイミングではとにもかくにも情報がほしい、けれど公式情報だけでは物足りない部分が多い(なにより大学公式アカウントには質問しづらい!)、だからSNSで繋がって、そのなかで共有された情報やアドバイスが役に立つ、という話でした。

Twitterにはツイートの検索機能があって、同じようなハッシュタグ、たとえば「#春から武蔵」のついたつぶやきだけをまとめて閲覧するということもできます。

同級生、優しい先輩、学内サークルなどなど、そこには、新入生スターターキットかと見まごうばかりに充実した情報ソースの数々。新入生スターターキットってなんでしょうね。

「#春から武蔵」の後日談にも、履修登録のことや講義の詳細などといった情報に関するメリットへの言及が目立ちます。

友達づくりよりも、むしろこちらがメインストリームなのかもしれません。


 

さて次は、ところ変わってLINEのお話です。

これもまた私には初耳だったのですが、毎年毎年どこからともなく、新入生が学部・学科ごとに集まるLINEのグループが自然発生するらしいのです。100人単位、全言葉公開のしゃべり場、果たしてなんのためなのか。

というわけで、そういったグループに参加されていたか否か、結果は以下のとおりです。【図4】

参加率は2割強と、印象としてはなんというか、こう……妥当な感じ(?)でしょうか。

武蔵大学が100人の村だったとして、集会所よろしく、大勢でしゃべりたい人々の寄り合う「場」に実際集っているのが20人とちょっと、と聞いたら、

「ふうん…………、妥当か」

とひとり、こぼしている気がいたします。集会所の外で。はい。

 

…………はい。

 

 

 

選択肢<参加していた>というのは、つまり<すでに退会している>という意味です。続く質問「Q. 参加した/参加しなかった理由」にて、そんな回答がありました。

社会学部3年 H.K. さん
「雰囲気はつかめたが、これといって特にメリットはなかった。デメリットは通知をオンにするとうるさくなってしまうこと。」

 

大学に限らず、「学年」にはそれぞれのノリがあるように感じます。

生まれた世代、育った環境、何歳の頃に社会で何が起こったか、あと雰囲気、などなどなどによって決まるのであろうわけですが、SNSのなかでもよりパーソナル、多くの方々が日常の連絡ツールとして捉えるLINEにこそ、リアルの「教室」の集団心理に近い空気はあらわれてくるのかもしれません。

着信音がけたたましいのは、大人数グループあるあるですね。注意しましょう。

 

またこちらでもやはり、情報収集にまつわる回答が数多く見られました。

人文学部2年 に さん
「情報を共有したかった」

社会学部2年 とくめいさん
「情報が無さすぎて不安で、とりあえず入っとこうかなと思ったから。」

不安の共有」もまた、同じように不安な皆さまと一緒に寄り合うことの理由なのでしょう。

 

続いて、「#春から武蔵」に関連して見舞われたトラブル(とはいかないまでも面倒な、嫌だったこと)をお聞きしてみたところ……どうやら、SNSにもまだ弊害がありそうです。

社会学部2年 とくめいさん
「インカレサークルや出会い系アカウント等、望まないアカウントからフォローされた」

インカレサークルとは “Intercollege(インターカレッジ)” 、ひとつの大学の枠をこえて様々な学生が活動するサークルのことだそうです(今調べました) 

人脈が広がる、活動範囲が広がる、友達ができる、他大学の内情がわかる、楽しい、などなどとメリットももちろんあるようですがデメリットとして、時間もお金も気力もそれなりにかかったり、そしてなかには、大学側の認知が及びにくいのをいいことに、よからぬ “交遊” に突っ走っていくものもあるということでした。

また、そこはやはりネット社会、右も左も分からない新入生とあれば、その筋の人々にとってはまたとないカモ(武蔵なら、あるいはキジでしょう。

 

「春から大学生!」と大手を振って歩くことには、それなりのリスクが付いてまわる。

 

高校入学当時、「君たちはまだ “中学4年生” です」と言い放った先生のことが思い出されます。

 

SNSも用法・用量を守って、ご利用は計画的に、というわけですね。


 

番外編というかちょっとした箸休めに、こんなことを聞いてみました。


「Q. ずばり、SNSで友情は(先輩後輩、恋愛関係なども)成立すると思いますか? あなたの持論を語ってください。」

皆さまが、SNSのなかだけで友達を作るわけでないことは先ほどほぼ証明されてしまいましたので的外れと言われれば返す言葉もないのですが……こう、皆さまにとってSNSがなんであるのか、そういったことが気になったのです。

ひとまずYes・Noで集計したものがこちら。【図5】

意外にできるんですね、友達。

社会学部2年 シラキジくん さん
「成立する。#春から武蔵 を介して、SNS上で仲良くなった人と実際に会い、不安なオンライン生活の中で、初めて大学の友達が出来た」

社会学部2年 とくめいさん
「成立する。現に会ってないけど友達いる。」

社会学部4年 内定欲しい さん
「サークルに入るきっかけにはなるだろうし成立するんじゃない?」

『SNSだけで成立するか』という質問ではなかったわけですが、いずれにしても「#春から武蔵」を起点にした人間関係、すべてがその一瞬だけのものではなさそうです。

そしてやはりYes派の皆さまの回答においては、「きっかけ」というキーワードが圧倒的に目立ちます。

…………まあ、実際に身を置かれている皆さまはとっくのとうに、知ってたことなんですね、やっぱ。

「アカウント」としての友達がリアルキャンパスで「このひと」に変わる感覚、それはそれで、独特の新鮮さをもったものなのでしょう。

 

 

ところで、昨年度1年間のZoom授業を受けながら常々、感じていたことがあります。

この形態、実は他の学生の身長に関する情報がいっさい入らないのです。

名前、顔、声に次いで、初対面における第一印象の構成要素であるところの身長がわからない。

…………これって、実はかなりおもしろい状況なのでは?

 

名前と顔と声を知っているひとなんて、普通に考えれば「会っている」ひとでしょうから、おのずとその身長、自分の視界においてどういう佇まいであるかもわかっているはずでしょう。

「このひと」であることを知ったうえでいざ、リアルで会ってみてあっこんな感じ……となる、自分と相手の背丈の関係性。

…………想像するとなんだか、妙にぞわぞわします。横隔膜あたりが。

キャンパスで知り合いと会うのが、非常に楽しみでございます。

(ところで私は167cm、成長期なぞ6年ほど前に終わらせました。)

 

 

閑話休題。

 

 

 

終わりに、これは純粋に皆さまの言葉を聞いてみたく、以下の質問を設置しました。


「Q. この1年間で、キャンパスライフにおけるひととひとのつながり、特にSNSによるつながりを意識したことがあれば教えてください。(SNSに関わらないことでも構いません)」

これに関してはもはや筆者としてなにか語ることもございませんので、皆さまの回答をぜひご覧になってください。

社会学部3年 H.K. さん
「人と会えないので、SNSがコミュニケーションツールの要になりつつある。」

社会学部2年 とくめいさん
「ありません」

社会学部2年 とくめいさん
「対面授業がほとんどなく、友人が出来ないことを不安に思い、SNS上で繋がりを作ろうとする人が多く感じ、それがかえってストレスになった。」

人文学部2年 に さん
「直接会わないと友達ができない」

社会学部2年 とくめいさん
「会って話さないと分からないことがある。」

社会学部2年 とくめいさん
「私自身は大学用のアカウントを作らなかったのですが、春に大学用のアカウントで知り合っていた人が多くいる印象でした。」

社会学部4年 内定欲しい さん
「ほとんどSNS上でしか関わりがなかった人も多いしかなり意識した」

社会学部2年 徳明山 さん
「zoomは、しゃべる場としてかなりフラットで気分的に発言しやすいように感じる。」

社会学部2年 とくめいさん
「むしろ何もありませんでした。」

 

 

以上、SNS初心者(部外者?)による、「#春から武蔵」ムーブメントに関するいくつかの考察でございました。

結局、アナログ人間の妄想6000字(注:6986字)に成り果てた感は否めないかもですが…………まあ、初心者(部外者?)だからこそのピュアさは保てていたのではないかなあ、という所存でございます。

 

皆さまの回答を見ていて感じたのは、SNSきっかけで出会うことと、リアルで出会うことの間にはもはや、さほど気持ちの差がないのだろうな、ということです。

ちょうどいま「SNS」「リアル」と分けて表記してますが、皆さま(というか現代社会のかなり多くの人々)にとってはどちらも、そのどちらでもないものも含めてあまねくまぜこぜのマーブルになった〈リアル〉であるのかもしれない、と思います。

「#春から武蔵」はその好例、さながら江古田キャンパスという〈リアル〉の、重ね合わせのレイヤーにぶわーっと広がる桜吹雪、といったところでございましょうか。

つって。

 

 

 

最後に、アンケート作成者(さとう)へ寄せられたクレーム等を眺めながらお別れです。

社会学部2年 とくめいさん
「アンケート作成お疲れ様です。」

社会学部2年 とくめいさん
「アンケートを行う目的等が初めに書かれていると良いなと思いました。」

社会学部2年 とくめいさん
「解いてて悲しくなりました…」

 

 

 

 

 

ご清聴ありがとうございました。

 

社会学部2年 佐藤

【素材:いらすとや】

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