学生&卒業生インタビュー第1弾【在学中にNPO法人に参加した 坂口 躍さん】

2013年06月18日

「社会や人と触れ合う」ことを「実践」されてきた坂口さん。
その動機、そこで得たもの、そして今現在も変わらぬその想いとは?

(石山大貴)

 

坂口 躍(さかぐち やく)
2013年武蔵大学社会学部社会学科卒
大学2年次に「音楽×起業×社会貢献でチャレンジする10代を育てる」ことを目的としたNPO法人ブラストビートに参加。
同NPO法人は、『ミニ音楽会社』を起業し3ヶ月のうちにライブイベントを開催、収益の一部を自分たちで選んだ団体へ寄付を行うプログラムを高校生・大学生に提供している。
その後、都立千早高校で「コミュニティデザイン」という単位の授業を2年間受け持つ。うち後半1年は授業に集中するため大学を休学。
現在は株式会社オトバンクにて、オーディオブックの配信事業に携わっている。

 

 

ちょっとした興味で足を踏み入れた先には多くの衝撃があリました。そこで出会った先輩に少しでも近づこうとしているときに、ブラストビートとの出会いがありました。


Q. 大学生活の中で外部の活動をかなりたくさんされたと思うのですが、入学する以前から何かそのような団体に入ろうと考えていたのですか?



全然そんな気なかったです。むしろブラストビートのような、そんな団体があることすら知らなかったです。  
テニスサークルにも入っていたんですけど、途中でやめました。  武蔵大学に入学したのも東京に行きたかったというのが理由で、社会学部に入ったのも社会系の科目が得意で、その延長を知りたいと思い入学しました。
だけど、入学してみたらデュルケムとかウェーバーとか出てきて、違う違う違う!!全然興味ないんですけど!って。  この時点で学校に対するモチベーションが下がってしまいました。
それで大学1年過ごして、「なんだか学校つまんないな」と思ってしまって、1年の冬に「こんな大学生活送っちゃってていいのかな?」、「もうちょっとちゃんと大学生やった方がいいんじゃないのかな?」と自問自答する時期がありました。



Q. 活動を始めるきっかけとなったのは何ですか?


自分の中での『大学生』のイメージがあり、それが“学生で集まって、色んなプロジェクトをやっています!”というものでした。僕もそういうことができないかなと考えていました。
大学2年のときに転機が訪れます。武蔵のNPO論の担当教授がちょうど長期休暇をとっていて、その年だけ外部から先生がきていたんです。その先生が自分の担当しているオープンゼミを紹介してくれました。ゼミを行っている学校も家からとても近く、興味もあったので参加してみました。そこのゼミの集まりが面白い、というよりも変わった人がたくさんいて、自分にとってはとても衝撃的でした。
1番印象に残っているのが、よくしてもらっていたゼミの先輩のことです。そのゼミの先輩は就職活動まっただ中の大学4年次に就職活動をいきなりやめ、自分の夢だった国連職員になるからアメリカに留学すると言い、すごい勉強をして学内選抜も突破してアメリカに留学しました。言い訳をせずに自分のやりたいことと向き合っている先輩の姿がとても衝撃的で、でもかっこよく見えました。
その時に自分の中で「この人のようになりたい」というロールモデルができたんです。その人に少しでも近づきたいと思い、ブラストビートに参加しました。「自分で起業して組織運営ができ、自分の好きなライブを企画できるなんて楽しそう!」と思い、それで始めました。

今まではクローズドで安全な世界にいて、外に出てみると今までのやり方だと全然ダメで。重要なのは、カタチではなくて、本当の思いを伝えることでした。




Q.その中で坂口さんは社長というポジションを務められましたが、苦労した点や学んだことはどんなことでしょう?

ライブを企 画する部分だと、今まで関りのなかった社会人と接することのない、クローズドで、安全な場にいたわけで、それでいざ外に出て、「僕たちライブやります!協 力してください!」と言うときに、僕たちの考えていたやり方では話にならなくて。
きちんと資料があり、どういう目的で、なにを達成したくて、それでこんな 良いことがあるから、あなたに声をかけているのですよ、ということを明確にしないと進まない。学生だからこのくらいでいいだろう、とは異なる環境に触れられ たことが収穫でした。
1番大きかったのは、想いをしっかりと伝えることができれば、手を貸してくれるひとは大勢いるんだな、という感覚をもてたのはとても良い経験になりました し、これからの活動すべてに繋がっています。

 

 

Q. ブラストビートの活動で1番モチベーションが上がった時はどんなときでしたか?


この活動で  モチベーションが上がったというのは2回ありますね。1回目は自分たちがライブをやったとき。すごい苦労したし、お客さんも1週間前まで全然いなくて、これはもうダメなんじゃないか、赤字になるんじゃないかと思っていました。さらに僕たちのチームがブラストビートの日本で1番最初のプログラムだったので、とてもプレッシャーを感じていたことを覚えています。ですが、最後には  100人超えるお客さんがライブに来てくれた時はとても感動しました!2回目は、この次のプログラムのメンターとしての活動の時です。ブラストビートのプログラムは、ただ学生を集めて会社作れって言われても、わからないからことやできないことが多いから、社会人と経験者の学生がメンター として加わります。それで、僕がメンターとして学生のチームに加わったとき、担当していたチームのライブがお世辞でもなく、すーーっごく良いものでした!あれは本当にお金払ってよかったと思えました。苦労した裏側を全部知ってるからこそ、自分たちがライブをおこなったときより感動しました。 メンターをやっていると、ここで答えを言うとその人の伸びしろが全然なくなってしまう部分や、自分がプログラムやっている時には気づけなかった部分が見つかって、実際にプログラムを行っている時とは違った見え方になりました。


※メンターとは、学びを最大化させるため、チームを後ろから支える役割の人です。

Q. 教えている立場としても坂口さん本人が伸びを感じる時があるんですね?


ブラストビートでは「教える」って言葉は使いません。メンターは全部を教える人ではなくて、一部だけ伝えて、後はみんなに考える幅を持ってもらうことを考えています。それがないと、ただの部下になってしまう。チームのみんなそれぞれが違う型の考え方を持っているのだから、それぞれが自分なりの問題の解き方を考えださないと意味がありません。
なので教えるというよりも、「見守る」とか「伸ばしていく」のようなニュアンスが近い気がします。

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